入院漫談④
入院して六日
外語祭は鮮やかに幕を閉じているなか、僕は六日目の入院生活を迎えた。
静かな湖のような、何もない一日になる事を予想していた。が、結局そよ風が吹き、その静かな湖面にさざ波が立った。
ナイチンゲールの精神に則り(適当)患者の痛みをできる限り減らすことから、患者の注射器の針は血管のなかに刺したままである。普通の針より太くて、痛いが、一回だけを我慢すれば、後で注射する度に、一回一回新しい場所を刺さなくて済むから楽である。ところが、その注射の針が五日ごとに変える必要がある。なかに溜まった血の塊が、梗塞の原因にもなるらしい。
そして今日は前に登場した男の看護師に針を変えてもらった。
「カンチョウさん、針変えますね〜」
と言いながら、男のナイチンゲールがゴムチューブで僕の上腕をしっかりと縛り付けた。血管を見えやすくするためである。
「じゃ、ちょっとチクっとしますね〜」
グサッと前腕に刺した。
ここで終わるはずだったが、彼の様子が頗る怪しい。
「あれ?あれ?」と独り言を呟きはじめた。
どうしました、と尋ねましたが。曰く、どうやら針が血管に入ってなかった。
眉間に皺を寄せはじめ、針を半分ぐらい抜いた。そして刺す方向を変え、グサッと。
これもまた血管に達してないらしい。
彼が完全に眉を顰めた。
同じ顔で同じ方法を2回ぐらい試した後に、針を完全に抜き、諦めた。
「カンチョウさん、本当にごめんなさい。私年配の方の注射が上手ですけど、若い人は血管がわかりにくいですからね〜」と、僕に謝りました。そして、「他の人に変えてもらおうかな〜」と、自信なさげに弱音を吐いた。
もちろん、他の人に変えてもらったほうが安全であるかもしれないが、その後のことを考えると、全く彼のためにはならない。第一、彼の自信を損なうことになる。第二、ずっと上手くならなかったら自分以降の患者さんが可哀想。
そこで僕が思い出したのが、地蔵菩薩の偈であった。「我不入地獄誰入地獄」の大願を発し、他人のために、自己犠牲を厭わない姿が僕の背中を押してくれた(悪魔よ、去れ)
「よしっ!ナイチンゲールのためなら、他の患者のためなら、ちょっとした痛みを我慢できる」と決意した。
そして、「いや、人変えなくていいですよ。お願いします。」と彼に頼みました。
「わかりました」、グサッ
なんと一回で成功した。
喜んでいるナイチンゲールの姿を見て、僕もホッとした。
今日の「さざ波」が幾重もあった。
夜の看護師が挨拶をしに来ました。
「こんばんわ、夜の担当の◯◯です〜、よろしくお願いします。」
なるほど、この人も美人やなと思ったが、疲れていたので、挨拶を返した後に、アイマスクを付けて休もうとしていた。
(この前に登場した可愛い看護師と区別をつけるために、今日の看護師を看Bにする、もちろんこの前の看護師が看A)
しばらく経つと、カーテンの向こうから、イケメン君の声が聞こえてきた。
「可愛くないですか?!」(興奮気味)
「可愛いよね」と僕も賛同した。
「俺シート剥がれそうだから、貼り替えてもらいますわ、そして色々聴き出しますわ」とテンション高めに僕に言った。
そして、看Bさんがイケメン君のシートを貼り替えている間に、携帯を弄っていた僕は、電波を求めて、部屋の外に出た。十分ぐらい経つと看Bさんが部屋から出て行くのを見て、僕が部屋に戻った。イケメン君のカーテンを開けると、そこにいる彼の顔色が決して歓喜の色ではなかった。
「どうしたの」と聞くと、なんと看Bさんすでに結婚していたのが分かった。
イケメン君顔が曇りはじめ、やがて悲しい面になった。
その後、彼を慰めるために我々が前からやろうとしていた「各階可愛い看護師を探す旅」を行った。結論から言うと、やっぱり僕たちがいる階のレベルが一番高かった。
既婚女性が青年に与える痛みが斯くの如し。